なんでRoyalってつくとこんなに崇高なんだろう
そう、昨日はRoyal college of artのプロダクト、建築専攻の学生の
作品展を見に行って来ました。
日本の美大ですね。公立になるから芸大みたいな感じなのかな??
プロダクトの学生の作品もすごくおもしろかった!
なるほどにゃ〜作品も多数でわくわく☆
でも雰囲気とかが千葉大学意匠系。
建築の学生の展示は全然違う!!!
そうだね、芸大の建築の学生の展示を見に行ったときの感覚に近いのかな?
内容はもちろん違いますが
展示の方法がまず違う。
模型。中に吊るされたフォリオ。
そうだな、展示とかよりも課題への取り組み方が違うかな。。
何をどうデザインしてこういう建物になったか
じゃなくてどこに目をつけてどういう研究をして
どういう調査をしました。それをビジュアル的に表すとこうです。
それで、解決策としてこんなイメージの建物を提案します。
デザインプロセスよりもデザインソース。
リアルを見ている。それを形にするためのデザインソース。
って感じかな。
1年生の作品とか模型(イメージ模型)
はあるけど図面いっさい無し。あるのは大量に調査したであろうデータを
人に分かりやすく伝えるビジュアルがフォリオのようにどの作品にもついているだけ。
2年生も図面を表示しない人が多かった。
3年生になってやっと全員が図面を表示。
こう、自分が3年半(もっと実際は少ないといえるけど)やってきた課題の取り組み方とは
120度くらい違う取り組み方はショックを受けました。
あくまでもネガティブじゃなくポジティブな。
かなりわかる人にしかわからないけど
改めて岡部先生のすごさを実感してしまったり 笑
outputするためにinput
それを処理する、伝える
そこから始まるデザイン。
それは決して独りよがりじゃない提案
デザインは問題解決だと聞いた。
今、それを聞いた当時より深くうなずける
そのデザインのためのバックグラウンド、知識。
それは自分から向かって行くもの。
Input×Background→Management→Design
ふわふわと分かっていた気になっていた事
それは気にしか過ぎなかった事を思い知らされる。
ものごとをいろいろなアプローチで取り組む事の重要さ
Inputという食物、自分の体内にある要素で消化する
Designという栄養。(栄養って現象の事をいうらしい)
結果として体内に残る作品としての栄養素。
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